ここ数日の間、全く人に出会わない。隠れ家にするのには最適だろうが、いささか人通りの少な過ぎる場所を選んでしまったようだ。これでは商売上がったりである。
その日も彼は獲物を待ち続けた。そろそろ金を手に入れて、町にでも買い物に出掛けなくては食料も尽きかけてきた。今日の夜が山場だろうか。もしも今日獲物が通り掛らなければ、店を襲うことになるかもしれない。彼としてもそれは避けたかった。何せやっとこしらえた隠れ家だ。これからのことを考えると、物品調達の場とは仲良くやっていきたいものだった。
彼の名はヤムチャ。荒野に根城にする、一匹狼。
風が強く、砂嵐が酷い。こんな日に荒野に入る者もいないだろう。最悪の場合を予想しつつも、ヤムチャはその地を見つめ続けた。
何時間睨み続けただろう?ふと、うごめく小さな物体が目に入った。動物か?それもいい。狩って食べるという道が出来るから。
彼は愛車に飛び乗り、その小さな物体の元へ急いだ。
それは小さな猫、のようであった。こんな場所にこんな小さな生き物がどうして?地面に突っ伏したまま動かないそれを、ヤムチャはしばらく見下ろしていた。そうして何事かを考えていたが、
「悪く思うな、オレもかなり追い詰められているんだ。」
と呟いて、腰に括られていた短刀を抜いた。
眩い太陽が短刀を照らし、仔猫の顔に光をちらつかせた。それに気付き、仔猫はほんの少しだけ身じろぎをした。ヤムチャはそれを見て、一瞬戸惑いを示したものの、そっと刃先を仔猫に近づけていった。
「…み、ず。」
仔猫はか細い声でそう鳴いた。ヤムチャはハッとなって刃を退ける。その声から察するに、抵抗する力もこの猫には残っていないだろう。ヤムチャは猫の体を揺すってみた。もう鳴かない。弱弱しく息をしている。うつ伏せていた体を仰向けにしてみる。目も開かない。
「おい…」
声をかけると、ひげがぴくんと反応した。まだ意識はあるようだ。
すると、その仔猫の目が微かに開いた。
「……」
ヤムチャは迷っていた。枯れかけようとしている命を奪い、自分の命の糧にすることは何も咎められることではないだろう。自然の摂理、弱肉強食なのだから。だが…確かに彼はいま、迷っていた。
仔猫の口が動く。声は全く聞こえない。声が出ていないことに気付いて、仔猫は少しだけ眉根を寄せた。そうして、ヤムチャの顔をぼんやりとした目で見つめて、微かに…本当に微かにだが、笑ったのだった。
その瞬間。
ヤムチャの中で何かが弾けた。
――水か。
水が欲しいのか。
仔猫を大事に胸に抱き寄せ、胸の痛みを堪えてアジトへ急いだ。どうしてこんなに胸が痛むのだろう。どうしてこんなに心を動かされるのだろう。こんなちっぽけな命が、自分のものより大事に思えた。助けなくては、そう思った。
仔猫の顔を覗き込むと、仔猫はもう一度微かに微笑んで、一筋の涙を流した。
「…馬鹿だ。おまえ、馬鹿だよ…!」
動く力もなく倒れていたのに、どうしてオレに微笑みかけるんだ。枯れた声で、水を懇願するほど飢えていたのに、どうしてオレなんかに向けて涙を流すんだ。
気付くとヤムチャも泣いていた。仔猫の額にヤムチャの涙が止めど無く落ちる。自分の体を大事に支えてくれているヤムチャの右手を、仔猫は強く握り返した。
それから。
仔猫はプーアルという名だそうだ。プーアルはヤムチャを慕い、いつも傍らに居るようになった。ヤムチャもプーアルにだけは心を許すようになった。
あの時仔猫が流した一筋の涙の重みは、きっと人生の中で一番重いものだった。そして、今まで奪ってきたものなんかより、よっぽど価値のあるものは、プーアル自身の存在だろう。
この頃から荒野を根城にする一匹狼は、仔猫を仲間にしたハイエナとなる。
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