![]() |
切な系100のお題>春の雪 |
一面ピンク色のれんげ畑。 見渡す限り咲き乱れるれんげに、はしゃぐ子供と母親。 「ほ〜ら、悟飯ちゃん。お花の冠だ。」 悟飯の頭にそっとそれを乗せると、 「うわぁ、すごいすごい!」 思った以上に喜んでくれた悟飯に、満足そうな笑みを浮かべるチチ。 「お母さん、これどうやって作るの?」 「作りてえか?そうだな、冠は難しいから、まずは指輪から作ってみっか?」 「うん!」 れんげを摘み取り、悟飯に持たせて手解きをする。苦戦しながらも、真剣になって指輪を作ろうとする悟飯を見て、チチは胸がいっぱいになった。こういう時に母親であることを実感する。子供の成長を見るのは何より嬉しい瞬間である。 「うまくできないや…」 悟飯は苦笑いをして、チチに花を返す。 「最初からうまく作ろうとしなくてええだよ。それに、初めてなのにここまで作れたのは大したことだぞ?」 悟飯の頭を優しく撫でてそう言うと、悟飯は嬉しそうに笑った。 「もういっかいやってみるね!」 「なんべんでもやってみろ。わかんなくなったらおっ母に聞くだよ。」 「うん!」 傍らで指輪に悪戦苦闘している悟飯はひとまず安心だが、ここに来てから姿が見えなくなった悟空が気懸かりだった。 「…そう言えば悟空さ、どこ行っただ…」 辺りを見渡すが、見当たらない。まさか妻子を置いて帰ったということは悟空に限ってありえないが、何も考えずにどこかへ散歩に行ってしまったことは充分考えられることだった。 「悟空さー!」 呼びかけるが返事はない。 「悟飯ちゃん、オラ悟空さ探しに行くだ。一緒に来るか?」 「うん!」 作りかけのれんげの指輪を握り締め、もう片方の手はチチの手を握って悟飯は答えた。 「悟飯ちゃんのおっ父はしょうがねえだなー。」 ブツブツと愚痴りながら歩くチチの横顔を、悟飯はにこにこ嬉しそうに眺めていた。 「どうしただ?悟飯ちゃん。」 「ううん、何でもないよ。お父さんどこかな?」 「ホント、どこ行っただか…谷底にでも落っこちてねえかな…」 「もし落ちてても、お父さんなら平気だよ。お父さんはすごく強いもん!」 「…そうだな。」 少し寂しそうな顔をしたチチを見て、悟飯は不思議に思った。 「おーい、チチ!悟飯!」 森の方から悟空の声がした。それを聞くと、チチは声を荒げて、 「悟空さ!どーこ行ってるだ!放っといたらすぐフラフラどっか行っちまって!悟飯ちゃんの方がどんだけ偉いか…!」 「悪い悪い。でも面白いもん見っけたぞー!」 嬉しそうに言う悟空の声に真っ先に反応したのは悟飯だった。 「面白いもの?なあに?お父さん!」 悟空の元へ駆けていく悟飯を、チチは口を尖らせて見送った。 「悟空さ、悟飯ちゃんあんま遠くへ連れて行かねえでけろ。オラはここで待っとくだ。」 「チチも来いよ。オラ、チチに一番見せたいんだ。」 ふてくされた顔をしていたチチに悟空がそう言うと、チチは顔を赤くして、 「…そんなこと言っても、オラの機嫌は治らねえぞ。」 と呟いた。傍から見れば、充分上機嫌そうに見えるのだが。 「腹でも痛えのか?朝飯食いすぎたんじゃねえのか?」 「悟空さと一緒にしねえでけろ!!」 せっかく治った機嫌をまたわざわざ悪くさせて、孫一家は森の奥へと進む。 枯根が交錯する森の中は、足元が不充分で大変危険な場所である。 「悟飯。」 悟空は悟飯を肩車して進む。 「頭、気をつけろよ。」 「うん。」 「チチ。」 今度は、チチに手を差し伸べる。 「……」 黙ってそれを握るチチを見て、悟空はいつものように笑いかけた。 しばらく歩いたところで、行き止まりにぽっかり開いた洞穴が見えた。 「ホラ、ここ。」 「なんかあからさまに危なそうだな…」 「お父さん、ここって中に入れるの?」 チチは躊躇しているが、悟飯は気に入ったようだ。悟空は頷いて悟飯を肩から降ろした。 「チチ、行こう。」 そう言って悟空がチチの手を引くと、チチはその手を離して立ち止まった。 「…オラ、ここで待ってるだ…」 「見せたいもんは中にあるんだ。」 そうは言うが、チチは興味よりも不安の方が大きかった。行くのを渋っていると、 「オラがいるから大丈夫だ。」 と、自信たっぷりに悟空が言った。チチはしばらく考えていたが、フフッと笑って、 「守り遂せなかったら、怒るだよ。」 「ああ。」 中に入った瞬間、湿った冷たい風を感じた。重く低い風の音と、滴る水滴、歩く靴音が壁に響く。その音と仄暗い洞窟内は、人の気持ちを不安にさせるには充分過ぎるものだった。まるでちょっとしたお化け屋敷のような空間。チチは少し泣きたくなった。『これが悟空の言っていた見せたいものだったら、趣味が悪すぎる』と思いつつ。 肩を竦めておどおど歩くチチを見て、悟空は少しだけ悪い気がしていた。 「チチ、もう少しだから。」 「オ、オラなら平気だ!」 相変わらず意地を張って強がるチチ。悟空は繋いでいた手を離して、チチの肩を抱き寄せた。 「おめえを一人で待たせるわけにもいかねえし…でも、こんなに恐がらせちまったら、連れてきたのちょっと後悔するな…すまねえ。」 苦笑してそう言った悟空に、チチは何度も首を横に振った。さっきよりも、もっと涙が出そうになる。 「オラ、嬉しかっただ。さっき、悟空さがオラに見せたいもんがあるって言った時。オラは来たこと後悔してねえだ。」 「ホントか?じゃ、オラも後悔しない。」 嬉しそうに笑って、悟空はチチの額に軽くキスをした。 「あ!お父さんとお母さん、仲良しだ〜。」 「悟飯ちゃん…」 悟飯に現場を発見されて、真っ赤になってチチは俯いた。 奥に進むにつれて肌寒さが増す。そして、少しずつ辺りが明るくなっていることに気付いた。出口が近いのだろうか?更に進むと、遠くに灯りが漏れている横穴が見えた。 「あそこだ。」 悟空のその言葉を聞いて、悟飯は弾かれたように駆け出した。 「悟飯、あんまり急ぐと危ねえぞ。」 「わかったー!」 と、返事をしながらも彼のスピードは収まらない。 「うわぁ!」 横穴へ吸い込まれていった悟飯の感嘆の声が聞こえた。 後から辿り着いたチチも、その場所を見て驚いた。 そこには、雪が舞っていたから。 その場所は小さな部屋のような空間になっていて、天井には大きな穴が空いていた。そしてそこから木漏れ日が差し込み、風が吹き込んでくる。地面には雪が積もり、風でそれが舞い上げられているのだ。まるで、スノードームの中に入り込んでしまったかのようなその空間に、チチは声を上げることも忘れて感動していた。 「すげえだろ、悟飯。吹き溜まりになってて、冬の雪がまだ溶けてねえみたいだ。」 「うん、すごいよ!」 嬉しそうにそう答えると、確かに冷たい雪を指先で確認して、降り積もった雪の中に入って雪だるまを作って遊び始めた。 「チチ?」 「……」 チチは悟空の呼びかけにも気付かずに、春に降る雪を見つめていた。 「すげえだろ?」 「…ああ。」 微笑んで頷くチチに、悟空も頷いた。 「あ…お父さん、これあげる。」 悟飯が悟空に差し出したのは、ずっと握り締めていたれんげの花。 「悟飯ちゃん、まだ持ってただか?」 「うん。でも、僕にはやっぱりまだ作れないや。」 てへへ、と笑って悟飯はまた雪だるま制作に勤しみはじめた。 「これ、どうしたんだ?」 「悟飯ちゃん、れんげの指輪を作ろうとしてただ。」 「へえ。」 れんげをくるくる回して眺める。 「悟空さは作れるだか?」 「オラ!?オラはこういうの苦手だ…こんだけ小せえと、すぐ千切れちまいそうだし…」 眉毛を下げて困り果てたように言う悟空に、チチはクスクスと笑って、 「悟空さが作ろうとしたら、れんげが何本あっても足りねえかもしんねえな。」 と言った。そして、目を細めて悟空を見つめる。 「悟空さにお花って、なんか不思議な感じがするな。」 「へへ、やっぱ似合わねえかな?」 「いんや…でも、不思議。」 「うん?」 笑って首を傾げる悟空に、チチも微笑んだ。 「春の雪も不思議だな。冷たそうで、暖けえ。」 「でも、ちゃんと冷てえぞ。」 「悟空さみてえだ。」 「オラ冷てえか?」 困ったように笑って悟空が問うと、チチは首を横に振って、 「そうでねえだ。悟空さはいっつもオラのことほっぽって、戦いだとかに出かけちまうだろ?」 「…あ、ああ。」 「オラがどんだけ悟空さや悟飯ちゃんのこと心配してるか分かってねえ…そう思ってただ。でも、ホントはオラ達のこと一番に考えてくれてる。冷てえと思ってたけど、ホントはそれが悟空さの優しさだったんだな。」 「…チチ。」 「冷てえけど暖けえ。暖けえけど…冷てえ。難しいだ。」 そう言って少し寂しそうに笑うと、チチは顔を背けた。 悟空は手を差し出しかけたが、それを引っ込めてぎゅっと拳を握った。掛ける言葉が見つからない。 「オラ、別に悟空さにどこにも行くなとは言ってねえだよ。ただ…」 ただ。 「ただ、絶対にオラの元に帰ってきてけれ。オラ、やっぱり寂しいだ。悟空さと悟飯ちゃんがいねえと…寂しいだ。」 チチの小さな肩が震えている。 「オラ、いっつも帰って来てるだろ?約束破ったことねえだろ?」 悟空の言葉に、チチは黙って頷く。 「オラもチチの顔見れねえと寂しい。だから何度戦いに出てっても、絶対帰ってくるからな。…約束する。」 そう言って、チチの涙を指で拭う。 「悟空さ…」 「チチ、左手貸して。」 そっとチチの左手を握り、薬指にれんげの指輪を嵌める。 「悟空さ、これ…」 「初めて作ったから、カッコ悪いけど…約束の印だ。」 悟空が作った不恰好なれんげの指輪。しかしそれをチチはいとおしげに見つめている。 「ふふ、春の雪…春になっても溶けきれねえなんて、どんくせえな。」 「?」 「悟空さもこんなヨレヨレの指輪になっちまうなんて、どんくせえ。やっぱり似てるだな。」 笑って言うチチに、悟空は苦笑いをして頭をかいた。 「…でも、嬉しいだ。ありがとう。どんくさくても…オラ、春の雪好きだ。」 「オラはチチが好きだ。」 にこっと笑ってそう言った悟空に、 「…オラも、悟空さが好きだよ。」 と、チチは照れて頬をれんげ色に染めた。 |
|