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切な系100のお題>009.それぞれの道 |
確かに徹夜明けで意識は朦朧としていたが、どうやらついに沈没したらしい。他人事のようにそう思ったのは、気を失うように眠りに落ちたからだろう。この危険な寝入り方はこれまでにも何度かやっている。体に悪いのだろうが、それよりもやりかけの仕事を放っておいて寝る方が彼、スプーキーにとってはよっぽど体に悪い。いや、そんな状態ではきっと気になって寝られたものではないだろう。 体を起こしかけて胸の上のコートに気がついた。ランチのものだ。 キーボードを叩く音に重なって唸るハードディスクの音。PCの前に居るのはランチ一人。他のメンバーは帰ったのだろうか。 胸ポケットの煙草をまさぐり、テーブルの上の灰皿を横目で確認してから体を起こす。車内の静けさのお陰で、外界の音まで聞こえてくる。水を含んでくぐもった音。 「いつ頃から降ってるんだい?」 疑問系ではあるが、主語のないためにひとり言のように聞こえる。いつものことだ。 「…さあ、ちょっと前にアイツらが買い出しに出る時にはもう降ってたが。」 そんなどこへ向いているのか分からないような問い掛けにも『つうかあ』で答えられるのは、スプーキーズの中でもランチただ一人だけだ。どんなに集中している時でも、そんな些細な質問に必ず何らかの返事をする律儀さがランチらしい。 「みんなもう帰ったのかと思ったら、買い出しかい?」 「ああ、今日もアイツらはサボりだとよ。」 「…なるほどね…」 何がなるほどなのか分からないが、スプーキーにはそうとしか言えなかった。 (今日も、か…) 少し複雑な顔をして煙草を咥える。 「そろそろ説教の時期か?」 複雑な空気を背中で感じたのか、ランチが茶化すように言う。 「はは、恒例のね…」 恒例の…というのは、メンバーの学校をサボるのが目に余るようになってきた頃にスプーキーがみんなに話す、『学校にも行ったらどうかな?』という押しの弱い説教のことだ。無理強いすることもする気もないが、彼らの将来を思って毎回口出ししているのだが、なかなか上手くは行かない。 前回の説教の時を思い出して、スプーキーは大きくため息をついた。深刻なスプーキーとは正反対にのんきにランチは言う。 「…俺も人のことは言えないんだがな。優良学生だったとはとてもじゃないが言えねぇし。ま、アイツらも俺と同じで痛い目見ねぇと分からないんじゃねぇか。」 「痛い目に合う前に助けてあげたいんだけどね…」 「親心ってヤツか?」 「…手の掛かる子供たちだよ、本当に…」 乾いた笑いを浮かべるスプーキーを見て、そろそろヤバイかもしれないと本気で感じ始めたランチであった。 脳が働き始めるまでボーっと煙草を吹かしていると、外で何やら騒がしい声が聞こえてきた。 「お、帰ってきたみたいだな。」 ちょうど一段落ついたランチはPCにMOを突っ込んで立ち上がった。と同時に、トレーラーのドアが開いて喧々囂々(発言者は主に二人)と買い出し班が戻って来た。 「おまえそれで中に入ってくんなよ!」 「えぇー!酷いよォ、シックス!」 「乾くまでそこで立ってろ!ったく、いっつも落ち着きなくウロチョロしてるからだよ!自・業・自・得!」 「風邪引いたらシックスのせいだからね!」 「二人とも!リーダー寝てるんだから、お願いだから静かにして〜!」 間に止めに入るのはいつもヒトミだ。は空気のように傍観しているだけ。きっと、二人のやり取りを楽しんでいるのだと思う。何気に一番タチが悪い。 「…で、何があったんだい?」 纏め役は父親の、もといリーダーの役目。いつもこのメンバーを纏めているのだから心労極まりないだろう。 「あ、スプーキーおはよォ〜!」 「お、おはようございます。ごめんなさい、起こしちゃいましたか?」 「いや、大丈夫だよ。…ユーイチ、ずぶ濡れじゃないか。どうしたんだい?」 「コイツ、さっき駐車場の入口で転んでんのよ。ガキなんだから。そんなのでトレーラー汚されちゃかなわないから入ってくんなって言ったんだけどね。」 シックスにそう言われたユーイチがまた何かを言おうと口を尖らせたが、ヒトミがこれ以上波風立てられてはかなわないと慌ててユーイチの腕を掴んで阻止した。 「でも、僕にとってはユーイチが風邪引かれる方がかなわないよ。」 「リーダァァ〜!やっぱりシックスとは大違いで優しい〜!」 「はいはい、おれはユーイチだけには優しくないですから。」 「なにそれ!オレだってねェ…!」 第二戦の始まりそうな言い争いの中、スプーキーが静かに割って入る。 「…とにかく、ユーイチは風邪引く前に着替えておいで。シックス、これ以上昼飯が遅くなるのも勘弁願いたいから、ランチタイムの間は仲良くしていてくれると嬉しいな。」 「はぁ〜い。」「…了解。」 二人をなだめ終えると、スプーキーは安堵のため息をついてソファに腰掛けた。すっかりフィルタに近付いた煙草を灰皿に押し付け、新しい煙草を咥えようとして、ふと自分を見つめているヒトミの視線に気付いた。 「どうしたんだい、ヒトミちゃん?」 そのあまりに熱心な眼差しに後押しされるように問うと、ヒトミはため息混じりに答える。 「リーダーは凄いなぁ…と思って。」 「うん?」 「だって、いつもこの二人を優しい言葉で簡単に押さえちゃうんですもの。」 「この二人って…言うようになっちゃったのね、ヒトミったら。」 隣でコンビニの袋を漁るシックスが冗談で揚げ足を取るように言う。ヒトミはそれに恥ずかしそうに肩を縮めた。 「うーん、僕だってなかなか上手く行かないんだよ。“この二人”の扱いは…」 眉間に皺を寄せて言ったスプーキーの言葉の意味を計り兼ねて、ヒトミはきょとんとしていた。 「おまえらが買い出しに出てる時もリーダー悩んでたぜ。」 「えっ、えっ??オレたちが理由なのォ?」 ランチの言葉によっぽど焦ったのか、向こうで着替えていたユーイチまでもが会話に混ざってきた。続いてシックスも慌てて弁解の言葉を並べ始めた。 「リ、リーダー。言っとくけどおれは好きで騒いでるわけじゃないのよ?ユーイチくんの更正をするために敢えてやかましく言ってやってるだけで…」 「な、なんでだよォ!いっつもシックスが突っ掛かってくるじゃんか!」 「君たちもだけど、もね。」 「え。」 ずっと会話には入らずに傍観していたも、いきなり名指しされて寝耳に水を差されたように声を上げた。 「あ、まさか…」 「ウッソ、もうそんな時期だっけ?」 何やら勘付いたメンバー達が顔を見合わせて言い合っていると、 「…ご名答。聞くも涙、語るも涙の説教タイムだよ。」 「リーダー、それ使い方間違ってない?」 「まあ、昼ご飯食べてからね。腹が減っては軍は出来ぬってね。」 何事もなかったように弁当に向かうスプーキーに、三人は顔を青くさせた。 「…ああ…弁当、味ない…」 「リーダー、おれ午後から用事があるのよ。失礼しちゃってよろしい?」 「オレお腹痛くなっちゃったァ〜!」 「…おまえら男らしくねぇぞ。あとユーイチ、そこは頭だ。」 往生際の悪い三人にランチが冷たく言い放つと、似たもの同志の三人は揃って口を尖らせた。 スプーキーの説教は特別厳しいものではない。先述した通りなんとも押しの弱いものなのだが、それを嫌がるのはやはりサボることに少なからず罪悪感があるのだろう。それともうひとつ、重大な理由があるのだが…。 ソファに座るスプーキー。その対面にシックス、、ユーイチ達が緊張で体を固くして座っている。彼らの横に立って不安げに様子を伺うのがヒトミ。そしてランチは我関せずでPCに向かっている。これが説教タイムのお決まりポジションである。 「…僕もね、別に無理に学校に行けとは言わないよ。」 いつもの始まり方だ。 「じゃあこの話もナシでいいじゃん。」 「そうは行かないよ。このグループでの君たちの保護者は僕だ。僕には君たちに説教をする義務もあるし、権利もある。」 「……」 その言葉にシックスは諦めたように苦笑して頷いた。 「いいかい?例えば、山を登ってるとするだろう?」 語り始めたスプーキーの言葉にがビクッと体を震わせた。辺りを不安げな空気が漂い始める。 「ある団体が頂上を目指して進んでいて、同じく頂上を目指す一人の若者に出会うとする。外部の人だけれど『一緒に行こうか』と足並みを揃えるのは珍しいことじゃないと思う。」 「……」 「でも、一緒に歩いていたからと言って、歩いている間その若者が団体に所属していることになるかと言うと…当たり前だけど違う。」 思ったよりスプーキーの話に真剣に耳を傾けている三人に、ヒトミは少し安堵した。だが、この場にいる全員が共通の不安を覚えているのはきっとお互い分かっている。この重苦しい空気が何よりの証拠だった。 なおもスプーキーの話は続く。 「だけど、足並みを揃えて進む道で見た景色や聞いた音、感じた風や話した話題は共通だ。」 「……」 「……」 一言一言を噛んで含めるように優しく、それでいて途絶えることなく饒舌に語りかけていたスプーキーの言葉がふと途切れた。沈黙がトレーラー内に不穏な空気を満たす。それはまるで息苦しささえ覚えるようなものだった。萎縮しきった三人が、様子を伺うようにスプーキーの顔を覗く。 「リ、リーダー…」 なおも黙り込むスプーキーに、思わずが声を洩らした。リーダーはそれに深く頷いて、 「…うん、分かるよね?」 ……… 「ええええええ!!」 「分かるかー!!ちょっとリーダーしっかりしてよ、ねえ!」 「…一言も聞きこぼすことがないように集中してたのに、やっぱり分からん…」 衝撃のあまり叫ぶユーイチに、本気で狼狽するシックス、そしてくずおれる。 「あれほどワケの分からん例え話はやめてって言ったのに…この胸に支えたもんをどーしてくれんのよ!?」 「いつもこの例え話の解読が出来なくて、俺らは数日眠れない夜を過ごすんだよな…」 は微かな声でそう言うと、首を項垂れて何も言わなくなった。 そう。怒って怒鳴られるより、淡々と冷たく語られるより、何より彼らが苦手としているのがこのスプーキーの意味を推し量りかねる例え話である。 「ちょ、ちょっとみんな!リーダーの気持ちも汲みなさいよ!」 「じゃあそーいうヒトミは、リーダーの言わんとしたことが分かるって言うわけ?」 「うっ…!」 シックスが使ったのは小学生の口喧嘩のような低レベルな切り替えしではあるが、ことこの事に関しては莫大な破壊力を持つのだった。さながら、マカラカーンとでもいったところか。 「ていうかリーダー自分でも分かってないでしょ!?」 皆の疑問を集約した質問だった。常日頃からの疑問ゆえにその返答には関心が高い。みんなの視線が一点に集中する。その期待の真ん中にいるスプーキーは、軽く笑って言った。 「うーん、最初は『こんな感じで』って思って話してるんだけど、喋ってるうちに終着点が分からなくなってきちゃうんだよね。」 あまりにスプーキーらしい言葉に、全員が全員脱力してその場にへたり込んだ。 「あんまりだよ〜ォ!」 「分かった、リーダー。今度から説教内容を紙に書く!吟味する!これだ、これしかない!ていうかホントお願いします…」 土下座する。しつこいようだがメガテン用語を挟ませて頂くと、トレーラー内はさながらカオス属性とでもいったところか。とにかく混乱している。毎度の事ではあるのだが。 「あ、分かった。ごめん、いま分かりやすい言い回しを思いついたから。」 「そんなんでいいのか、リーダー!」 「いいからみんなそこに座りなさーい!」 業を煮やしてヒトミが叫んだ。ヒトミの叫びっぷりに三人は慌てて座りなおす。 「なんかいいね、この空気。騒々しいのも嫌いじゃないんだよ。」 「…俺は嫌いだ。」 PCの前で頭を抱えてランチが合槌を打つ。スプーキーは苦笑いをして続ける。 「こうやって笑ったり、泣いたり、喧嘩したり、スプーキーズでは仲間と足並み揃えて同じ道を歩んでいるけれど、本来みんなにはそれぞれ違う道がある。それを忘れないで欲しい。」 さっきまでの騒々しさが嘘かと思うほど、車内は水を打ったようにしんとしている。三人は互いに顔を見合わせて、少しばつが悪そうな顔をした。 「最初っからこんだけ短く言ってくれたら、あんなに混乱してなかったんだけどね…」 「シックスくん!!」 「あー、分かった、悪かったって。」 それでも、先ほどよりは随分しおらしくなっている。口では憎まれ口を叩いていても、心底反省している様子だ。 「じゃあ、もうこれでおしまい。いいよ、君達も緊張解いて。お疲れさん。」 そう言われた途端、三人が三人とも大きなため息と共に脱力する。 「…リーダーも大変よね、こんな出来の悪い子分持っちゃってさ。しかもその内一人は飛びっきり劣悪な出来だし。」 「シックス!それって誰のことォ!?」 「さあ、誰でしょうね〜?」 またケンカが始まりそうな二人をなだめて、スプーキーは少し恥ずかしそうに言う。 「大変そうに見えるかい?でも本当言うとね…僕も義務や権利だけで君達にこんなこと言ってるわけじゃないんだよ。」 その言葉に、三人は顔を見合わせた。 「…うーん、父親の風格ってーの?」 シックスもまた、照れくさそうに頭をかきながら言う。 「じゃあ、オレ達もスプーキーの役に立ってるんだァ!」 「いや、ユーイチ。役には立ってるっつーのとはまた違うから。」 ユーイチのボケた解釈にツッコミを入れる。ヒトミはただ黙ってスプーキーに深く頭を下げた。ようやくいつもの平和を取り戻した車内に、ランチの台詞が響く。 「つまり、リーダーはおまえらの説教するのも一応楽しみなわけだ。よかったな、おまえら。またリーダーのありがたい説教が聞けるぞ。」 和やかな話し声がピタリと止んだ。 「…お、俺、遠慮します。」 「リ、リーダー、あんま無理するなって!おれらの前でくらい弱みを見せてくれたっていいのよ?」 「もうヤダよ〜!」 口々に泣き言を喚いて崩折れる三人。 「ちゃんとやることやってれば怒られないって選択肢をどうして取らないんだろう…」 呆れてため息をつくリーダーに、ランチは笑って言う。 「ははっ、それがあいつららしいっちゃらしいけどな。」 「もう、バカ…」 頭を抱えて恥ずかしそうにしゃがみ込むヒトミ。どうやら纏め役達の苦労はまだまだ続くようだ。 |
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