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切な系100のお題>014.横顔 |
お気に入りのケーキ屋のロゴが入った箱を大事に抱えて、軽やかに歩くピノコ。その後ろに黙って続くBJ。ピノコのケーキ選びに付き合っていたためか、その表情には疲れが見える。いつものショートケーキと新作のロールケーキのどちらを選ぶかで30分悩んで、結局両方とも買ったのだが。 嬉しそうに前を行くピノコの姿を見ていると、少しくらいの徒労は吹き飛んでしまいそうになる。BJにそんな気持ちがないと言えば嘘になるのだった。 「先生がケーキ買ってくえたかや、今日はお夕飯奮発すゆよのさ!」 箱を掲げて嬉しそうに言うピノコに、BJは静かにそうか、と呟いた。ピノコはBJの横に走り寄り、 「何が食べた〜い? やっぱりカエーライチュ?」 「おまえは何かっていうとカレーだな…」 「今日は特別なカエーよのさ!」 顎を上げて得意そうに言った時だった。 クラクションがけたたましく鳴った。耳をつんざく音の方を向く。黒光りした車体がクラクションを鳴らしながら進路も変えずに迫ってきていた。突然のことにピノコは驚きの声も上がらず立ち竦む。 咄嗟にBJがピノコの手を引き、庇うように立ちはだかった。急に引き寄せられた反動で、手からこぼれた箱が弧を描いて地面へ落ちる。 「あっ、ケーキ!」 車は、歩行者が避けるのが当然といったようにBJのマントを掠めてすり抜けていった。その際にケーキの入った箱を踏み潰して。 運転席の影が、振り返って何かを叫んでいるように見えた。 ピノコはそれを見届けた後、BJの腕を抜けて潰れた箱のそばに座り込んだ。そっと箱を持ち上げると、底が抜けてぼとりと崩れたケーキが落ちた。 「…アウ…」 箱からはみ出た生クリームと、微かに辺りに漂う甘い香り。BJの顔を見上げると、その顔は思ったより厳しい表情をしていた。 「最近の運転手は乱暴な運転が多くて嫌になっちぁうよのさ!」 「そうじゃないだろう」 唇を尖らせるピノコに、BJは腰を落として言う。 「何度も言ったはずだ。道を歩く時は車道側に立つな、と」 「…アッチョンブリケ」 「確かに危険な運転をする車が悪いかもしれないが、事故に遭った時に『どちらが悪いか』は重要じゃない。怪我をしてからじゃ遅いんだ」 怒鳴りつけるでもなく優しく諭していたが、ピノコは頬を膨らませて立ち上がった。 「子ろも扱いちないれ!」 「言われたことを理解しないのは大人か?」 「事故に遭いかけたのが大人らったや、先生そんなに怒やないよのさ!」 腹を立てて歩き出すピノコに、BJはやれやれと腰を上げて後を追う。 「ケーキはいいのか?」 「いやない!」 「だったらいいんだが」 あっさり言われてピノコは立ち止まった。その様子を見て、BJはもう一度問う。 「…本当にいいのか?」 それに対しては答えないが歩み出すわけでもない。 BJはひとつため息をついて、ピノコに言う。 「同じように事故に遭いかけた大人がいたとしたら…確かにおまえの言う通り、私は怒りはしないだろう」 その言葉にピノコはきゅっと唇を噛んだ。眉間にしわが深く刻まれる。 「他人のことは知ったことじゃないからな。だが、おまえは話が違うだろう?」 そう言うと、BJはピノコを追い越して歩き出した。マントを棚引かせて歩くBJの背中をぽかんと見ていたピノコは、ハッと我に帰ると慌てて駆け出した。 「先生、待って!ケーキ!」 「やっぱりいるんじゃないか」 呆れつつ立ち止まると、ピノコが足に絡み付いてきた。 「先生の分ももうひとつ選んであげゆよのさ!」 「…いや、充分だ」 「遠慮ちないれ!ピノコが愛を込めて選ぶかや!」 張り切って反対側の歩道に駆けていくピノコの勢いに押され、BJは観念してピノコを追いかけた。 「ピノコ、逆だろう」 また車道側に着いていたピノコにBJがそう言うと、ピノコは慌ててBJの右側に回り込んだ。 「そう言えばおまえはよく左側にいるな」 「らって、こっちじゃないと、先生の顔見えないんらもん」 すました顔でそう言うピノコに、BJは目を丸くさせた。 「先生が髪の毛切るならピノコこっち側れもいいわのよ〜」 「…ム…」 顔の右半分に掛かった前髪を指先で弄び、BJは眉尻を下げた。 |
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