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切な系100のお題>047.ポーカーフェイス |
「もうやめたよのさ!」 ぱっとトランプを辺りに撒き散らして、ピノコはテーブルに突っ伏した。それを一瞥してブラック・ジャックは言う。 「それはよかった。私は仕事に戻るぞ。」 ピノコは視線だけ差し出すと、 「らめ!ピノコ昨夜寂ちかったんらかや、もっと相手ちてくえなきゃ、らめなの!」 と口を尖らせた。 「だから相手してやっただろう?」 「先生はトアンプ強ちゅぎるよのさ!」 「ピノコは表情に出るから弱いんだ。私がジョーカーに手を掛けたら嬉しそうに笑うから、簡単にジョーカーを避けることが出来てしまう。」 顧みると確かにそんな覚えのあるピノコは、例のあの顔で、 「アッチョンブリケ!」 と叫んだ。ブラック・ジャックはそんなピノコを尻目に、コートを羽織ると書斎へと向かった。 机に向かって書類にペンを走らせているブラック・ジャックを、ピノコは部屋の入口から見つめていた。近くに行くでも話し掛けるでもなく、ただじっと見つめている。ブラック・ジャックもしばらくの間は黙っていたが、放っておくといつまでもそうしていそうなピノコに、流石に根負けして向き直り、 「まだ何か用か?」 と問う。するとピノコは首をふるふると横に振って、またじっと見詰め返すのだ。 「何もないわけがなかろう?」 それでも何も言わないピノコに、ため息をついて、 「やれやれ、どうやら私はピノコに口をつけ忘れたらしい。何たる不名誉だ。」 と肩を竦めると、ピノコは少し慌てたように首を横に振った。強情なピノコに呆れつつ、机に向き直って言う。 「何でもいいがそんなところにいると風邪を引くぞ。こちらへ来なさい。」 ピノコはその言葉でようやく部屋に入り、ブラック・ジャックの膝に頭を乗せて座り込んだ。それに安心してブラック・ジャックはまたペンを走らせ始めた。 「先生、ピノコみたいに笑わないわのよね。」 「…私がおまえみたいに笑うと気色悪いだろう。」 そう言われて、ピノコはしばらく何かを考えた後に静かに言う。 「ちやうよのさ。先生は楽ちくて笑うの、あんまい…ないよのね。」 「……」 「嬉ちくて笑うの、ないよのね。」 それまで軽快に走っていたペンの音がピタリと止み、ブラック・ジャックはペンを置いてピノコの方を見やった。 「笑って欲しいのか?」 「…ううん…」 その答えにブラック・ジャックは少し困ったように眉を下げ、黙り込んだ。 「先生が楽ちくないのに笑うの、そえのほうがピノコ嫌らかや。」 「……」 「先生、まだ寂ちいの?」 「……」 「ピノコ、いるわのよ。ずっと側にいるわのよ。」 「……」 ずっと黙っていたが、ブラック・ジャックはピノコの柔らかい髪を撫でて言う。 「私が寂しそうに見えるか?」 ピノコはブラック・ジャックを見上げて、また目を伏せる。 「もしそう見えるなら、それは間違いだ。」 「らって…」 「少なくともいまは…ここにピノコが居て、抱える仕事は紙に文字を書く程度で…」 ブラック・ジャックの低く静かで優しい声を、ピノコは目を閉じて聞いていた。 「…それさえ放棄して、おまえの髪を指で梳いていられる。」 ピノコはハッとしたように目を開いて、ブラック・ジャックの顔を覗き込んだ。 「私は幸せだ。」 そう言って薄く笑うブラック・ジャックの顔を見て、ピノコは胸がきゅんと痛くなった。そして、嬉しくて今にも泣き出しそうな顔で、ブラック・ジャックに笑いかける。 「ピノコも幸せよのさ。先生と一緒にいられるかや…」 ピノコがうっとりと呟くと、ブラック・ジャックはフッと笑って、 「ああ、幸せだ。多少足が痺れようとな。」 と、ピノコの体を抱き上げて、さっきとは逆の足へ乗せて優しく笑った。ピノコはブラック・ジャックの頬に何度もキスをする。 「ピノコ、重くなったんじゃないのか?最近よく食べるからな…」 「レレイに失礼なこと言うんじゃあいまちぇん!」 頬を膨らませて怒るピノコに、ブラック・ジャックはそれは悪かった、と肩を竦めた。 ペンが紙の上を駆ける音を聞きながら、ピノコはうっとりと目を細めていた。 「ねえ、先生。ピノコずっと側にいてもいいわのよね?」 「…馬鹿だな…」 そうとだけ言ったブラック・ジャックに、ピノコはぴたりとくっついて嬉しそうに目を瞑るのだった。やがて寝息を立て始めたピノコに、ブラック・ジャックはそっと自分のコートをかけてやって、電話が鳴らないことを祈りながらペンを進めるのであった。 |