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切な系100のお題>015.ゆびさき |
昼下がりの公園に人だかり。事件が起きた…わけではないらしい。人だかりの中央には天才マジシャン(自称)の、山田奈緒子が立っていた。 「ここに、一枚のカードがあります。」 何やら怪しげな紋様の書かれたカードをひらひらと振っている山田。ギャラリーは一体今から何が始まるのかと興味半分、怪訝さ半分でそれを見つめている。 「この通り…キュートな亀の描かれた、何の変哲もないカードです。」 「それ亀だったの!?」 「なんか気味悪い模様だと思ってた…」 「……亀です。さて、このカードをこのように左手に持ちます。」 亀の描かれたカードを言った通りに左手に持つと、 「皆さん。私の右手に注目してください。」 ギャラリーの目が右手に集まったのを確認して、山田は右手を握って何度か振った。そして握られた手をゆっくりと開くと、掌の上には500円玉が乗っていた。先程まではその手の中になかった物体の出現に、オオッと上がる歓声。その反応を確かめるように頷くと、 「それではもう一度。」 今度は右手の指先をスッと上に向けると、そこから五千円札が現われた。額が増えたことでさっきよりも湧き上がるギャラリー。 「このカードは嘘みたいな話ですが、このように無限にお金を生み出すカードなのです。今日は皆さんにこのカードをお分けしに参りました。私は、お金には全く困っておりませんので。それではこのカード、本日は一万円でお分けします!」 「あ、あたし買うわ!」 「俺も!!」 目を輝かせて手を伸ばす人々は、まるでバーゲン品に群がる女達のようだ。山田は満足そうに笑って言う。 「はいはい、押さないでください。たくさん用意してますから。」 笑顔の裏に何かあくどいものが貼り付いているような顔だ。 「でもさー。」 その一際通る声に、全員が動きを止めた。 「それって、手品でしょ?みんなもそんなおいしい話に騙されちゃ駄目だよ。仮に、もし本当だとしても、お金に困ってないならタダでカードくれてもいいじゃん。」 そう言い放ったのはまだあどけない少年だった。もっともな意見だ。だからこそ、山田は激しく狼狽した。 「な、何を言う。これは手品なんかじゃない!そ、それに…これはちょっとした小遣い稼ぎだ!」 「小遣い稼ぎならそのカード使ってやればいいでしょ?おねーさんの言ってることは矛盾してるよ。ね、おねーさんも下らないことで人生棒に振らないほうがいいよ。」 妙に醒めた子供に追い詰められていく山田の姿を見て、さっきまで興奮していたギャラリーの熱が目に見えて冷めていった。 「そうよねえ…」 「そりゃそうだな…」 と口々に呟いて去っていくギャラリーに、山田は更に狼狽する。いま帰られてはならないと、客の前に立ちはだかって声を上げる。 「ま、待て!帰るな!こんなチャンスはもうないぞ!」 「…イカサマ女!」 冷たく言い放たれた言葉に、山田は愕然とした。 「わ、私はおまえ達のためにと思って…!」 詐欺師、ペテン師、イカサマ師と口々に罵言を浴びせながら、ギャラリーは去ってしまった。山田と少年だけを残して。さっきまでの騒ぎが嘘のような静けさの中、山田は呆然と立ち尽くしていた。示し合わせたかのように一陣の冷たい風が吹き、徹夜で作ったカードの山が空高く舞い上がった。 「あっ!カードが!」 慌てて手を伸ばすが、カード達はその指の間を掠めて舞い飛んでいく。そして公園脇の道路へ飛び出し、車に踏み付けられていくのだった。投げ出された手の行き場を失った山田は、力なくその場にへたり込んだ。 「くぅぅ…クソガキのせいで、カードで一発大儲け計画が…」 「ま、世の中そうは上手くいかんちゅーこっちゃ。」 ポン、と肩を叩かれ、山田は我に返った。 「や、矢部!」 「詐欺師出現の通報を受けて駆けつけたら、ま〜たおまえか!」 「わ、私は詐欺師じゃない!」 「ほな、署で聞かせてもらおうか。その、『カードで一発大儲け計画』っちゅーやつをな。」 「そ、そんな計画、知るか!」 「今更取り繕うても無駄じゃ、おまえさっき言うとったやないかい!」 「『マンボで引っ掻く、コロの爪計画』のことか?」 「なんじゃそのワケ分からん計画は!とにかく、署まで来てもらおか!」 「矢部!カードが風に飛ばされたんだ!」 「!!」 その言葉を聞いた途端、矢部は山田の肩を掴んでいた手を離し、自分の頭を押さえた。 「な、なにを…」 「風に!飛ばされていったんだ!!分かるだろう?この気持ち!」 「何ワケ分からんこと…いいですか?この髪は頭皮に根強く生えているのでありまして、風によって舞い飛ぶようなことは決してありません。」 「風に飛ばされて!車に轢かれたんだぞ!グシャって!」 「だからこの髪は直接生えとるんやから、わしの髪が車に轢かれたら頭も潰れるわいボケェ!」 「ああっ、矢部!風だ!飛ばされる!!」 「あああっ!」 条件反射のように両手で髪を押さえてうずくまる矢部。その隙に山田は立ち上がり、ついでに側にあったくずかごを矢部に被せてから逃走を図った。ぐんぐん遠ざかるくずかごの中の矢部(遠目、ゼリー風味)が何やら叫んでいるが、今は逃げるだけで精一杯だった。 :::::::::::::::::::::::::::::::: 路地裏に逃げ込んだ山田は、壁にもたれて息を整えていた。 (ニットなんて着てくるんじゃなかった…!) 背中に張り付いたニットの感触を感じながら、山田は後悔していた。ふと真横に自動販売機があるのが目に入る。ちょうど随分と走って喉が渇いたところだった。 「……」 刹那の葛藤。ポケットにはさっき使った500円玉がある。しかしここで使ってしまえば、今後の生活に影響が出ることは火を見るよりも明らかだ。ジュース1本に120円は痛い。貧乏マジシャン山田奈緒子にとって、それはとてつもなく痛い金額だった。しかし今の山田にとっては辛い未来よりも今の安楽の方が魅力的に見えた。壁伝いに自販機の前まで移動して、ジュースを物色し始める。 「おおっ!」 あるものを発見して山田は奇声を発した。それは『期間限定100円均一(ワンコイン)キャンペーン』の貼り紙。『やはり神は天才美人マジシャンの私を見放しては居なかったか』と思いながら、喜び勇んで500円玉を投入した。 「ぬ?」 コロリと返却口から500円玉が帰ってきた。帰ってきた500円玉を摘み上げ、じっと眺める。そんなに離れたくないのか。そんなに私の身を案じてくれているのか。山田は可愛い自分の500円玉に申し訳なく思った。しかし、大丈夫。私にはこの程度の出費、何でもない(強がり)。だから500円玉ちゃん、ジュースに変わってちょうだいな。と、もう一度投入。 「にゃ!?」 またもコロリと帰ってくる。意地のようにもう一度投入。コロリ。投入。コロリ。 「にゃ〜〜〜〜!!!」 発狂寸前。もう一度500円玉を投入しようとした時。ワンコインキャンペーンの張り紙の下に、もうひとつ張り紙があることに山田は気が付いた。 「…旧、五百円玉は使えません…?」 はたと手の中の500円玉を見る。刻み込まれた『平成三年』の文字。 「そ、そんな…!物を大事にしていたのが、こんな形で裏目に出ようとは…!」 ガックリと膝をつき、無念と言わんばかりに呻き声を上げた。 「ジュースぅぅ…」 人通りの少ない路地裏に、虚しく響く山田の声。 「…そんなに飲みたいなら、1本くらい奢ろうか?」 その言葉(主に『奢ろう』の部分)に山田が反応した。勢いよく跳ね起きると、声の主を探す。聞き覚えのある声である。 「あっ!おまえは!!」 目線の先にはさきほどの『カードで一発大儲け計画』を水の泡にした、あの少年が立っていた。少年は意地悪く笑うと、 「それともカードからお金出す?」 「…う、うるさいっ!そんなことより、早く奢るなら奢れ!」 なぜか偉そうに踏ん反り返る山田に、少年は肩を竦めた。 「おねーさん、ホントにお金に困ってんだね。」 そう言いつつ山田の傍に歩み寄る。山田は少し警戒しながら、少年の行動をつぶさに観察していた。懐から千円札を取り出したのを見て、きちんと奢る気があることに安堵する。そして、ようやく反論を始めた。 「きょ、今日は持ち合わせがないだけだ!いつもならジュースの5本や10本…いや、3本、くらいなら―」 「ハイ、どーぞ。」 無造作に手渡されたのは、温かいコーンポタージュの缶だった。 「コ…」 「オレ、コーラにしよっかなー。」 「…こ、コイツ…」 喉が渇いているのにコーンポタージュ。甘ったるさに焼ける喉を想像して、山田は復讐の炎を背負った。 「コーラ、コーラ…」 「…天誅!」 コーラのボタンを探す指を跳ね除け、山田はビシッと横からボタンを押した。ガコン、と音がして『何か』が出てきた。 「な、なにすんだよ!」 「フッフッフ、思い知ったか!」 「とんでもねーもん押してたら承知しねーからな…」 取り出し口に手を突っ込みながらブツブツと呟く。引っ張り出したのは、 「ゲ、梅がゆって…」 「にゃーっはっはっは!」 項垂れる少年に、勝ち誇ったように笑う山田。と、その途端、自販機から何やら電子音。 『オオアタリー!オオアタリー!』 顔を見合わせる山田と少年。 『アタリガ デタラ モウイッポン! オメデトー!オメデトー!!』 「うわぁ…ダブル梅がゆだ…」 「こ、これは私が押したから当たったんだぞ!私が貰う権利があるはずだ!」 「やるよ…いるなら二本ともやるよ…」 「本当か!さっきは嫌なヤツだと思ってたけど、案外いいヤツだな!褒めてやる!…よしっ、これで二食浮いた!」 陰で小さくガッツポーズをする山田をキョトンと見つめて、少年は初めて子供らしく笑った。 |
つづき |